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2024.02.11

地元の銘石紹介~下田歌子歌碑~

下田歌子は明治・大正期に活躍した教育者です。数多くの女学校設立に携わり、生涯を女子教育の向上に尽くしました。

下田歌子は恵那市岩村町の藩士の子として生まれましたが、彼女の歌碑が、土岐市と豊田市の境界にそびえる三国山の山頂にあります。

下田歌子は明治4年18歳で上京する際にまず岩村を出発し、中馬街道(現在の国道363号線)を使って陶・曽木・細野を通って柿野宿で宿泊しました。

柿野宿で宿泊した際に
綾錦 着て帰らずは 三国山
また再びは 越えじとぞ思う
という歌を歌いました。

「成功して出世しないと、またこの三国山を越えて故郷に帰ることはできない」
という強い決意の表れでした。

その後は、教育者として大成して、故郷岩村町では「岩村町偉人十傑」にも選ばれており、歌の通り、見事故郷に錦を飾ったのでした。

三国山の歌碑は昭和32年に建立されました。