岐阜県多治見市、土岐市、可児市、愛知県瀬戸市のお墓

お墓ブログ

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偉人有名人のお墓紹介-斎藤道三

斎藤道三は戦国時代に美濃国を治めた武将です。 油商人で成功を収め、油を売った相手武士からの勧めで武士になることを決めました。 道三は謀殺や裏切りを繰り返して、遂には美濃国を乗っ取り下剋上を果たしました。 そんななりふり構わない道三は「美濃のマムシ」と呼ばれ、恐れられました。 道三は自身の娘を織田信長に嫁がせています。 当時、「うつけ者」と呼ばれていた信長を道三は高く評価しており、家臣に「わが子は将来信長に従うことになるだろう」と伝えたと言われています。 そんな道三は最後は息子・義龍に裏切られてしまいます。道三が弟ばかりを可愛がり、自分が蔑ろにされていると感じたからです。 最後に道三に味方をした家臣はほとんどいませんでした。家臣の多くが道三の強引なやり方に反感を持っていたと言われています。 道三は義龍との戦で討死し、岐阜市の崇福寺に埋葬されました。しかし度々墓地が長良川の洪水に見舞われたので、1837年に現在の場所に移されました。 住 所:岐阜市長良福光

土葬掘り工事ー可児市

可児市内の墓地にて土葬堀りの工事を行いました。 可児市では平成に入っても土葬が行われていた地域があり、お墓じまいなどの際に遺骨が残っている場合があります。 石のお墓と同じように精抜きを済ませてから掘り起こして確認します。 土葬された遺骨は長い年月をかけて土に還っていきますが、土の状況などにより70年80年前の方の遺骨の一部が見つかることもあります。 出てくる量にもよりますが、火葬して永代供養に出されるケースが多いです。 自分たちのところがどうなっているか気になる場合はお気軽にご相談ください。

お墓じまい工事-多治見市

先日多治見市の市営霊園でお墓じまいの工事を行いました。 お客様はお寺様の紹介で弊社に依頼をしてくださりました。 市営霊園でもとても大きな区画でしたので、作業に日にちを要しましたが無事工事を完了させることができました。 お墓じまいにおいてはお客様と石材店とお寺様と墓地管理者との連携が必要となります。 今回も密に連絡を取りながら無事手続きを済ませることができました。 お墓じまいをしたいけど何から始めたらいいかわからないなど、お困りごとがありましたら遠慮なくご相談いただけたらと思います。

岡崎の石材研修

私が所属している日本青年会議所石材部会で先日岡崎の石材研修がありました。 愛知県岡崎市は全国でも屈指の石材の産地です。日本三大石材産地の1つにも数えられており、岡崎市内には多くの石材関連の会社が軒を連ねています。 まず最初に見学したのは採石を行っている石の丁場です。 現在、岡崎では宇寿石と牛岩の2種類のみ採石を行っています。 以前はかなり多くの採石場がありましたが、時代と共に減少して現在に至りました。 宇寿石は墓石、灯篭、鳥居などあらゆる石に利用されています。 一方、牛岩は高級材として主に墓石のみに利用されています。 次に見学したのは近藤石工道具製作所さんです。ここは石工の道具を製作している会社です。私たちは石を加工するためにノミやコヤスケなど多くの専門の道具を利用します。 そういう道具を作っているところは全国でも非常に珍しく、このような会社を見学させてもらえるのは岡崎ならではです。 金属に熱を通すことで変形しやすくなり、機械で圧力を加えて形を作っていきます。 午後からは岡崎の石工団地の会社をいくつか見学しました。 岡崎石工団地は名前の通り、石材店が多く並ぶ団地です。 現在は以前ほど多くはありませんが、それでもいまだに多くの石材店がお店を構えています。 岡崎の石材店は彫刻がとても有名で、一級石工技能士、伝統工芸士の資格をもつ方々が多くいらっしゃいます。 弊社も弊社自身にここまでの加工技術がある訳ではないので、彫刻品などの依頼をするときは岡崎の業者さんにお願いすることが多々あります。 岡崎研修は私たち石材店にとってはとても多くの学びがありました。 一方今回見学をして感じたことは、岡崎の石研修を一般のお客様に見ていただいてもきっと楽しいものになるんだろうなと思いました。 岡崎では石を切り出してから、製品ができるまでの1通りの流れをすべて知ることができます。 もしご興味がある方は私がご案内させていただきますので、ぜひご連絡ください。

石に刻んだ記憶を、未来へ

本日、3月11日で東日本大震災から15年を迎えました。 今でも当時のことは鮮明に覚えていますし、これからも忘れることはないと思います。 石玉石材は全優石の一員として、『津波記憶石プロジェクト』に携わりました。 石は1000年先でも残る素材であり、語り継ぐ力を持っています。 文字が消えず、形が崩れない石だからこそ、後世に伝えられる教訓があります。 多治見という離れた場所にいてもあの震災を忘れず、今後来るであろう震災に備えて行動していけたらと思います。 そして引き続き皆様の『記憶』と『想い』を大切にするお手伝いを続けてまいります。

地元の銘石紹介-光ヶ丘地蔵

多治見市光ケ丘に1852年に建てられたお地蔵様があります。 台座にはお地蔵様の謂れが刻んでありまが、昔の言葉が使われ、理解するのが難しいので現代の言葉に訳してご紹介します。 昔栄えた北市場(光ケ丘周辺の昔の地名)の街道筋は、今は埃立って、人の行き来も賑わしかったのが荒野となってしまった。 ススキが生えている様は淋しく、狐や狸が住む里となってしまった。 川に流されて北市場は哀れで悲しくなってしまった。 ある日の夜、清左衛門は財布を首にかけ、鼻歌交じりでひとりとぼとぼ歩いていた。 すると急に博徒が現れ、清左衛門を切りつけた。清左衛門は「このお金欲しければくれてやる」と大声で叫んで倒れてしまった。 春が過ぎ、夏が過ぎ月日が経って、街道筋で死んだ清左衛門もお地蔵様として祀られている。 地名が光ケ丘に変わり、人が住む町として栄えるようになって初めて、清左衛門の塚が丁寧に光を灯して供養されるようになった。 所在地:光ケ丘集会場前 住 所:多治見市光ケ丘

第39回お客様感謝フェア実施中

今年も全優石お客様感謝フェアを実施しています。 3月1日(日)~5月31日(日)の期間中に新規墓石工事のご契約をされた方の中から抽選で10万円ギフト旅行券などが当たります。 お墓に対する価値観は多様化してきており、従来通りの石のお墓を建てる方は減少傾向にあります。 そのような中でも石玉石材で新たにお墓を建てられた方が昨年も数多くいらっしゃいます。 ご夫婦だけで入るシンプルなデザインのお墓や、将来的なお墓じまいも見据えたコンパクトなお墓など様々です。 大切な人と語らい、ご自身と向き合える場所として想いのこもったお墓づくりを石玉石材はお手伝いします。 お墓のことは全優石加盟店の石玉石材へお気軽にご相談ください。

お墓じまい工事ー多治見市

多治見市内の墓地にてお墓じまい工事を行いました。 石玉石材で建てられたお墓という事でお墓じまい工事もご依頼いただきました。 書類の手続きやお寺様へのご連絡等をサポートさせていただき無事に終えることができました。 同じお墓じまいの工事でも考えなければいけないポイントは皆様異なります。 石玉石材ではこれまでの経験からお客様それぞれに必要なご提案ができるよう努力しています。 ご相談のみでも構いませんのでお気軽にお問い合わせください。

偉人有名人のお墓紹介-在原業平

在原行平は818年に平城天皇の孫として生まれました。 平安時代の六歌仙、三六歌仙に名を連ねている在原業平は行平の弟です。自由奔放だった業平に比べて行平は真面目で堅実な性格だったと言われいています。 地方官や朝廷で活躍をして、881年には在原家の学問の場として奨学院を創設しました。 行平の歌は百人一首にも連ねています。 たち別れ いなばの山の 峰に生ふる まつとし聞かば 今帰り来む これは因幡守(鳥取県)に任ぜられて、都から離れた地方に赴任する気持ちを詠んだ、別れの歌です。 また現在では、いなくなった人や動物が戻ってくるように願う願掛けの歌としても有名です。 行平は美濃守に任ぜられて御嵩の地を治めたこともあります。その時によい政治をして人々に尊敬されていたと伝えられています。 こうした所以があってか、1742年にこの地の念仏講信者たちが行平の徳を偲んで墓碑を建立しました。 所在地:名鉄 顔戸駅横 住所:可児郡御嵩町顔戸