岐阜県多治見市、土岐市、可児市、愛知県瀬戸市のお墓

お墓ブログ

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お墓じまい工事-多治見市

先日、多治見市の寺院墓地でお墓じまい工事を行いました。 お客様は以前も弊社で依頼をしてくださった方で、将来を考えるとお墓の維持が難しくなるのでお墓じまいを行いました。 お墓の場所は階段を上がったところで、手で作業をするには難しいので、移動式クレーンを使って解体を行いました。 当日はスムーズに作業を行い、お墓じまい工事は1日で完了しました。 この度は弊社にご依頼いただきありがとうございました。

鑑真和上上陸記念碑

この度、弊社で屋久島で記念碑を建立させていただきました。 753年に鑑真和上が屋久島に上陸をしており、それを記念して建立した石碑です。 もともと上陸の地として木柱のみが立っていましたが、それでは寂しいということで、桜花学園大学の教授である高文軍氏と夫の周先民氏を中心に実行委員会を発足してプロジェクトが始まりました。 2023年4月にプロジェクトが発足して、資金集めや用地の選定など多くの課題を抱える中で、1つ1つ課題を解決していき、今回完成に至りました。 弊社にはプロジェクトメンバーの1人である琵琶奏者の涂善祥さんの紹介で相談をいただきました。 石は鑑真が日本に向けて出発をした蘇州を石を選定し、石の加工から文字の彫刻、現地の据付を協力会社と一緒に進めました。 今回の建立に際して私も屋久島に上陸して、現地を確認しました。 屋久島という世界遺産の地で、鑑真和尚という歴史的な偉人に関わる仕事に携わることができて、とても誇らしく思いますし、感謝の思いでいっぱいです。 4月3日に行われた式典には多くの関係者やこのプロジェクトに寄付をした支援者などが集まり、とても盛大に開催されたそうです。  

お墓の文字の色入れ作業

多治見市の修道院内墓地にあるお墓のメンテナンス作業を行いました。 お墓に文字を彫刻した後は見えやすくするために色が付けてあります。 これが年数と共に剥がれたり、汚れが溜まって見づらくなってきます。 今回は90以上ある全てのお墓の色の入れ直しをしました。 やはりお墓が綺麗になると気持ちがいいものですね。 キリスト教のお墓には没年(月日)だけでなく生年(月日)も合わせて彫刻されているのが特徴です。 最近では無宗教の方やその人の生きた証として生年月日を彫刻されるケースも増えてきています。

新規墓石建立ー多治見市

多治見市営霊園にて墓石建立工事を行いました。 石玉石材総合展示場の前の道をよく通られるとの事でご来店いただきました。 ご主人と娘様でじっくり検討を重ねられてとても想いのこもったお墓となりました。 開眼供養・納骨に立ち会わせていただきましたが、改めてお墓の良さを感じる時間となりました。 これからも素敵なお墓づくりのお手伝いができればと思います。

お墓じまい工事-多治見市

先日、多治見市の地域墓地でお墓じまい工事を行いました。 仲良くさせていただいている建築屋さんの紹介で依頼をいただきました。 お墓がとても大きく立派なので様々な機械を利用して解体工事を行いました。 新しく建立する工事に比べて、お墓じまいは時間をかけずに作業を進めていきます。 時間をかけずに行う分、職人さんの身体の負担は大きくなります。 こうした機械や重機を上手に使うことで職人さんの負担を軽減することができます。   大きな墓地で大変な作業とはなりましたが、無事作業を終えることができました。 お客様にも大変喜んでいただけました。 この度はご依頼いただきまして本当にありがとうございました。

新規墓石建立ー多治見市

多治見市内の墓地にてお墓の建立工事を行いました。 ご親戚の方が石玉石材でお墓を建てられており、その方のご紹介でご縁をいただきました。 外柵には韓国産の「栄州」、石碑には南アフリカ産の「インパラブルー」という石を使いました。 インパラブルーは全体に青い結晶がありとても見た目が美しい石です。 石玉石材では数多くの石を取り扱っていますので、きっとお好みの石が見つかると思います。 お墓はご家族を偲ぶための大切な空間ですから石選びも大事にしたいですね。

偉人有名人のお墓紹介-斎藤道三

斎藤道三は戦国時代に美濃国を治めた武将です。 油商人で成功を収め、油を売った相手武士からの勧めで武士になることを決めました。 道三は謀殺や裏切りを繰り返して、遂には美濃国を乗っ取り下剋上を果たしました。 そんななりふり構わない道三は「美濃のマムシ」と呼ばれ、恐れられました。 道三は自身の娘を織田信長に嫁がせています。 当時、「うつけ者」と呼ばれていた信長を道三は高く評価しており、家臣に「わが子は将来信長に従うことになるだろう」と伝えたと言われています。 そんな道三は最後は息子・義龍に裏切られてしまいます。道三が弟ばかりを可愛がり、自分が蔑ろにされていると感じたからです。 最後に道三に味方をした家臣はほとんどいませんでした。家臣の多くが道三の強引なやり方に反感を持っていたと言われています。 道三は義龍との戦で討死し、岐阜市の崇福寺に埋葬されました。しかし度々墓地が長良川の洪水に見舞われたので、1837年に現在の場所に移されました。 住 所:岐阜市長良福光

土葬掘り工事ー可児市

可児市内の墓地にて土葬堀りの工事を行いました。 可児市では平成に入っても土葬が行われていた地域があり、お墓じまいなどの際に遺骨が残っている場合があります。 石のお墓と同じように精抜きを済ませてから掘り起こして確認します。 土葬された遺骨は長い年月をかけて土に還っていきますが、土の状況などにより70年80年前の方の遺骨の一部が見つかることもあります。 出てくる量にもよりますが、火葬して永代供養に出されるケースが多いです。 自分たちのところがどうなっているか気になる場合はお気軽にご相談ください。

お墓じまい工事-多治見市

先日多治見市の市営霊園でお墓じまいの工事を行いました。 お客様はお寺様の紹介で弊社に依頼をしてくださりました。 市営霊園でもとても大きな区画でしたので、作業に日にちを要しましたが無事工事を完了させることができました。 お墓じまいにおいてはお客様と石材店とお寺様と墓地管理者との連携が必要となります。 今回も密に連絡を取りながら無事手続きを済ませることができました。 お墓じまいをしたいけど何から始めたらいいかわからないなど、お困りごとがありましたら遠慮なくご相談いただけたらと思います。